『悪の花』 051 猫

1

私の脳みそのなかで散歩しているのは、
自分の住まいに居るかのような、
一匹の素敵なネコである。強く、優しく、そして魅力的で、
彼が鳴いても、人にはその音がほとんど聴こえない。

その音色は実にやわらかく、そして慎ましやか。
しかし、落ち着いていても、呻っていても、
その声はいつも豊かで、深みがある。
そこにこそ、彼の魅力と秘密がある。

この声は、私の中にある最も暗い奥底へと
にじみこんで入ってくる。
そして韻律豊かな詩句のように私を満たし、
媚薬のように私を喜ばせる。

その声は、とても残酷な苦しみさえも眠らせ、
あらゆる歓喜をも内に含んでいる。
とても長い文章を言うためにも、
その声には言葉など要りはしない。

この完璧な楽器である私の心に食い込み、
王様のように堂々と
その弦を震わせることができるような
弓などありはしない、

君の声以外にはね、不思議なネコさん、
天使のようなネコさん、奇妙なネコさん、
君の中では何もかもが、まるで天使がそうであるように、
繊細であると同時に調和に満ちている!

2

金と褐色の毛皮からは
実に甘美な芳香が漂うので、ある晩
彼を一度、たった一度、撫で回したがために、
私はその香りで満たされてしまった。

それは土地に親しむ精霊だ。
彼は自分の帝国のあらゆるものごとに対して
裁き、取り仕切り、霊感を送り込む。
おそらく彼は妖精、もしくは神ではないだろうか?

私の両目が、私が愛するこのネコの方へと
まるで磁石のように引っ張られて、
従順に裏返ったとき、
そして私が自分自身の内を眺めたとき、

驚きとともに私が見るのは、
彼の青ざめた瞳の炎だ。
明るい灯火、生きたオパールとでも言おうか、
その炎は私をじっと見つめ続けている。

 

※051というのは『悪の花』第2版において、51番目の詩篇だということです。別に普通はただ「猫」と言えば良いのですが、ボードレールの作品には「猫」という詩が3つあるので、それを区別するために番号を付けてあるのです。