モーパッサン「水辺にて」

« Au bord de l'eau », 1876



(*翻訳者 足立 和彦)

「水辺にて」 解説 1876年3月20日付『文芸共和国』La République des lettres に、ギ・ド・ヴァルモンの筆名で掲載された長篇詩。後に1880年『詩集』 Des vers に収録。
 この詩はフロベールの推薦によって、雑誌の編集を務めていた詩人カチュール・マンデスに原稿が送られ掲載となった。一読、高踏派との相違は明白だが、これをきっかけにモーパッサンはパルナス派の詩人達と交流することになる。詩人モーパッサンのデビュー作と言っていい作品。
 書簡48信(ロベール・パンション宛)に経緯の報告が読める。そこではバルベー・ドールヴィイの名を挙げて告訴の危険を述べているが、実際、1879年に『現代自然主義誌』Revue moderne et naturaliste 11月号に、この詩の一部が「ある娘」« Une fille » の題で再録された際、雑誌発行地のパリ郊外エタンプの検事局より、風俗壊乱の罪での予審が開始されることとなった。
 モーパッサンはフロベールの援助を求め、『ゴーロワ』紙(1880年2月21日)にフロベールの公開書簡が掲載、そこで師は弟子を擁護した。そのお陰もあって告訴は取り下げとなった(書簡は『詩集』第3版に掲載される)。
 事実、性愛を率直な言葉で歌う点にこそこの詩の眼目があったわけだが、しかし愛と死とを密接に結びつけることで、性愛は一種の伝説・神話の域にまで高められることになる。そこにモーパッサン独自の詩の世界の構築を認めることができるだろう。「素材は幾らか際どいものだが、これほど見事で、これほどに真実を備えた絵画を目にすることは稀である。」(ゾラ「現代詩人達」、『ヴォルテール』、1879年4月16-20日号)


***** ***** ***** *****

水辺にて


I

重たげな日光がまっすぐに洗濯場に降っていた。
ぐったりとした鴨たちが泥の中に眠っており、
空気はあまりに焼けつくようなので、梢から根元まで
木々が燃えだすのではないかと思われた。
僕は草の上に寝転がり、傍の古い船では
女たちが布を洗っていた。汚水や、
石鹸の泡がたちまち弾けながら、
流れ去り、長い跡を残して行った。
そして僕がまどろんでいる時に、目に入ったのは
まばゆい光と灼熱の下をやって来る
しっかりとして素早い足取りの一人の娘
両腕を空に上げて支えているのは
頭の上の洗濯物の大きな包み。
腰幅は広く、身なりはほっそり、さながら
大理石のヴィーナスのように、彼女は進んで来る
まっすぐに、幾らか腰を振りながら。
僕は彼女を追った、細い舷梯をのぼって
洗濯場の敷居まで行き、彼女について中へ入った。

彼女は場所を選び、水の入ったバケツの中に
しなやかで力強い動作で、荷物を投げ入れた。
せいぜい最低限の身づくろいをしているだけだった。
彼女は布を洗っていた。腕や腰の
一つ一つの動作が、はっきりと示しているのは
ぴったりとしたスカートや細いシャツの下の
尻の丸みや、胸の丸みだった。
彼女は熱心に働いていた。それから疲れてくると、
腕を上げ、優美さは見事なもの、
腰を反らせて、やわらかい体を伸ばした。
力強い太陽が床板を軋らせていた。
船は息つくように少し開いているのだった。
女たちは喘いでいた。彼女たちの袖の下
湿った腕があちこち汗をかいているのが見えていた。
血色のよい彼女の胸元にまで赤みがのぼっていた。
彼女は僕に大胆な視線をじっと向け、
シャツのボタンを外した。丸みを帯びた彼女の胸が
現われた。二重で、まばゆく、すっかり自由に、
頂きは別方向を向き、しっかりとした豊かさ。
そして彼女は布を叩き、ひと打ちひと打ちが
時折、素早く跳ね上がらせるのは、
先にとがった肉の薔薇の花。

鍛冶の炉のように、熱い空気が僕を打ちつけた
ため息が彼女の胸を持ち上げる度に。
洗濯棒の打撃が僕の心臓を打ちつけた!
幾らかからかうように彼女は僕を見ていた。
僕は近づいた。目は釘付けの彼女の胸は
滴に濡れ、とても白く、口づけを誘っている。
彼女は僕を哀れに思った、僕がとても内気なのを見て、
彼女から言葉をかけ、そして話し始めた。
失われた音のように彼女の言葉は届いて来た。
僕は聞いてもいなかった、じっと彼女を見つめていたので。
遠くから覗ける彼女の衣服に、僕は混乱し、
内側を想像し、狂熱に燃え上がっていた。
それから去って行く時に、小声で彼女は言ったのだ
夜、牧場の傍に会いにやって来ると。

僕を満たしていた全てが彼女の足取りとともに遠ざかった。
僕の過去は涸れた水のように消え去った!
けれども僕は陽気だった、何故なら自分の中で
酩酊が響きよい声で歌うのが聞こえていたから。
いつまでも暮れてゆく空を眺めていた、
そして落ちてくる夜は、僕には曙のようだった!



II

待ち合わせの場所に彼女は先に来ていた。
僕は傍に駆け寄って、ひざまずくと、
手を体の周りに巡らせ
彼女を引き寄せた。でも彼女はすぐに立ち上がり、
月光注ぐ牧場の中へ逃げて行った。
遂に僕は彼女を捕まえた。何も見えない
茂みの中で、彼女の足が止まったから。
それから、丸い腰を腕に抱いて、
水辺の、一本の木の下に、彼女を連れて行った。
慎みなく、大胆だと思っていた彼女は、
青ざめ、震え、ゆっくりと泣いていた。
僕のほうで感じていたのは、心動かされた彼女の弱さから
立ち上ってくる力への陶酔だった。

愛の最中に内蔵をかき乱す
あの源は一体何であり、どこから来るのだろう?

月は日中のように野原を照らし出していた。
蘆の中でうごめいている、騒がしい蛙の
集団は、大騒ぎをしていた。
一羽の鶉がはるか遠くで二重の声を上げていた。
そして、セレナードか何かを前奏するように、
目覚めた鳥たちが歌を始めていた。
風は遠くの愛を運んで来るようで、
接吻に重たく、熱い息吹に溢れていて
その息吹は長い震えとともにやって来るのが聞こえ、
火事の熱気を運んで過ぎてゆく。
生ぬるい微風から力強い発情が降り注いでいた。
そして僕は考えた。「無限の空の下、どれくらいの、
この穏やかな夏の夜に、どれくらいの者が
苦悩に掻き立てられ、本能によって結びつけられているのだろう、
人間たちの間でと同じように動物たちの間でも。」
そして僕は、自分一人で、それら皆にも成りたかっただろう!

僕は彼女の指を手にとり口づけした。彼女は震えた。
彼女の手は瑞々しく、漂う香りはラヴェンダー
そしてタイム。彼女の服もその香りに包まれて。
僕の唇の下、彼女の胸はアーモンドの味
野生のローリエや、香り立つミルク
山間で、ヤギの乳房から飲むように。
彼女は暴れる。でも僕は彼女の唇をとらえた!
それは永遠のように長い口づけ
僕達二人の体を不動の中で硬直させた。
彼女はのけぞり、僕の愛撫にあえぐ。
押しつぶされた胸が愛情に硬くなり、
長いすすり泣きとともに激しく喘いだ。
頬は焼けるように、目は半ば閉じられ、
僕等の唇、感覚、吐息が交じり合った。
それから、野原の眠る静かな夜の中、
愛の叫びが立ち上った。驚くほど力強いので
影の中の鳥たちは恐れて飛び立った。
蛙たち、鶉、物音や声が
静まった。巨大な静寂が空間を満たした。
突然、風に向って悲痛な威嚇の声をあげ、
僕たちの遠く後ろで、一匹の犬が三度吠えた。

夜が明けた時、まだ留まっていたので、
彼女は逃げ出した。僕は気まぐれに野原をさ迷った。
彼女の肌の匂いがつきまとっていた。彼女の視線は
心の底に投げ込まれた錨のように、僕を結びつけていた。
同じ鎖に繋がれた二人の徒刑囚のように、
一本の絆が僕たちを結んでいた。それは肉体の親密さ。



III

丸五か月の間、毎晩、岸辺で、
決して弱まることのない熱狂に満たされ、
ベッドの中でのように草むらの上で
この見事で、無知で、官能的な娘を愛撫した。
そして朝には、まだ思い出に憑かれたまま、
昨晩の接吻にぐったりとしながらも、
野原に鳥たちの歌が目覚める頃から、
僕たちは夜の訪れの遅さを思うのだった。

時には、日が輝き出すに違いないのも忘れ、
抱き合ったまま、曙に照らされるに任せた。
急いで、明るい道に沿って戻って来る時も、
互いの目を見合わせ、手を握り合っていた。
垣根の内に火が灯るのや、
木の幹が突然に傷口のように赤く染まるのを見ても
どこかで太陽が昇ったことを思いもしなかった。
そして、額が炎に包まれるのを感じながら、
これらの光はみんな彼女の視線から降ってくるのだと信じていた。
彼女は他の女たちと一緒に洗濯場に行くのだった。
僕は彼女を追ってゆく、期待と欲望に満たされながら。
いつまでも彼女を見つめているのが、唯一の僕の悦び。
じっと同じ姿勢のまま立ち止まって、
牢獄のように、自分の愛の中に閉じ込められていた。
彼女の体の線が、僕の地平線を成していた。
僕の希望は、彼女の腰紐の結び目に限られていた。
彼女のそばに留まったまま、隙を窺っていた
いつでも待ち構えている陽気さを、誰かが惹きつけるのを待って
すばやく身をかがめると、彼女は頭を振り向け、
二人の唇が触れ合い、すぐに逃げ去ってゆく。
時には彼女は外へ出ながら、合図で僕を呼んだ。
僕が彼女と落ち合うのは、どこかの葡萄畑か、
僕たちを視線から隠してくれる藪の中。
僕たちは眺める、番った動物たちが愛し合うのを、
二匹の陽気な蝶を運ぶ四枚の羽を、
道をゆく、黒い二重になった虫を。
厳粛に、この小さな恋人たちをつかまえては
彼女は口づけした。しばしば僕たちの頭の上で
鳥たちは恐れも知らずにつつき合っていた。動物の番いは
僕たちを恐れなかった。僕たちも同じことをしていたから。

それから、心は彼女で一杯のまま、あの遅い時刻には
岸の曲がり道を窺いながら、僕は待っている
高いポプラの木の下に彼女が現われるのを
褐色の瞳の内には欲望の火が灯り、
小道を通して、木々の間に眠っている
月の光を、彼女のスカートは追い払ってゆく。
僕はあの聖書の娘たちの恋愛を思っている、
あまりにも美しかったので、あの遠い昔には見ることができたのだ、
我を忘れ、彼女たちの恥じらわない姿を追ってゆく、
天使たちが夜の暗闇の中を通ってゆくのが。



IV

ある日、主人はドアの前で眠っていて、
正午頃、洗濯場には人気がなかった。
焼けついた土からは、照りつけられながら働く
喘ぐ牛のように湯気が立っていた。でも僕には
空のこの熱気も自分の感覚の熱以上とは思えなかった。
聞こえて来る音といえば、切れぎれの歌や、
遠くの、陋屋から届く酔っ払いの笑い声、
それから時折、どこかで滴のたれる音
どこからか落ちてくる、古船の流す汗。
そして、彼女の唇は燃える炭のように輝き
そこから突然に、接吻の熱狂が溢れ出る、
燠火から弾ける火花のように、
打ちひしがれた二人の体が衰弱するまでに。
聞こえてくるのはもうキリギリスばかり
永遠に鳴き続けるあの太陽の民
萎れた牧場の中で火のようにはぜている。
そして僕たちは互いを見合わせ、驚き、動けない、
そろってあまりにも青ざめているので、恐ろしくなり、
熱を帯びた目の下の、黒い、窪みの中に読み取るのだ
死に至る愛に僕たちは捕えられ、
全ての感覚から二人の生命が流れ出てゆくことを。

僕たちは別れた、小声で言い交わしながら
水辺には、夜になっても、来ないことにしようと。

けれど、いつもの時刻になると、抑えがたい欲求が
僕を捉え、一人で慣れた木のもとへ赴かせ
あんなにも愛した肉体の官能を夢見させ、
僕たちの愛撫の全てに精神をさ迷わせ、
あの草の上、彼女の思い出の上に横になりに行かせた。

かつての陶酔に酔いながら、僕が近づいていくと、
そこに彼女がいた、立ったまま、僕が来るのを眺めていた。

その時から、奇妙な熱に捕えられ、
僕たちを食い尽すあの愛を、休みなく僕たちは急がせる。
死が僕たちに勝利するとしても、一層強い欲求が
僕らに働きかけ、二人の血を混ぜ合わすことを命じる。
二人の情熱はもう慎みもなく、臆病でもない。
恐怖も燃え上がった視線を揺るがしはしない。
僕たちはそろって死んでゆく。瘦せ細った胸が
未来の日々を、たくさんの接吻と交換する。
僕らは決して話もしない。この女の傍では
愛の叫びしか存在しない。いななく鹿の叫び。
僕の肌はいつでも彼女の肌の震えを留め
絶えず激しく、新しい欲望で僕を満たす。
もし僕の唇が渇くなら、ただ彼女の唇を求めるのみ!
僕の情熱は掻き立てられ、僕の力は使い尽される
闘いのようなこの死すべき結合において。
寝床の役を果たす芝生は焼けてしまう。
そして、いつも戻って来る場所を指し示す
二人の体の跡が、裸の土を穿ってゆく。

いつかの朝、僕たちが出会っていた木の下、
水辺で二人の体が見つけられるだろう。
僕たちは重たい舟の底に運ばれる
櫂に揺れながらもまだ僕らは抱き合っていて。
それから、どこかの隠れた穴に投げ込まれる、
罪を犯した死者の亡骸のように。

でもその時、幽霊が戻って来るというのが本当なら、
僕たちは戻って来よう、夜、高いポプラの木の下へと。
そして土地の人は、いつまでも思い出しては、
結ばれあった僕たちが、通り過ぎるのを眺めつつ、
十字を切り、心の内で祈りながら、言うだろう。
「あれが洗濯女との愛に死んだ男だよ」と。


「水辺にて」(1876年)
Guy de Maupassant, « Au bord de l'eau » (1876), dans Des vers et autres poèmes, éd. Emmanuel Vincent, Publications de l'Université de Rouen, 2001, p. 55-62.


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